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2011年07月29日

パパが残したモノ 〜1992年から1997年までの記録〜

● メールマガジン No.96(2011.8.1)

作品名「パパが残したモノ 〜1992年から1997年までの記録〜」
制作 神奈川県女性
作品時間 163分

 約20年前、パパは1台のビデオカメラを買ってきた。人はそれを見て21世紀のビデオカメラだね、と冷やかした。

 パパは自慢のビデオカメラでいろいろなものを撮り始めた。
 家族の団欒、幼稚園学芸会、近くの動物園、山小屋、祖父母の来訪、成人式、友人来訪、誕生日、花見、水族館、釣り、運動会、水泳大会、スキー、卒園式、入学式、クライミング、七五三、バスケットボール大会・・・。
 しかし、子供たちが小学校高学年になる頃から、ビデオカメラで撮影することは無くなった。その後、その撮影したビデオテープは見られることもなく、押入れの隅に埃をかぶったままになっていた。

 そのパパは2年前に天国に旅立った。最近、ママが押入れを整理していると埃をかぶったたくさんのビデオテープが出てきた。ママは想い出の残るこのビデオテープを簡単に捨てるわけにもいかず、私のところへ送ってきたのである。

 私は編集を進めていった。手振れしている部分、冗長な部分を取り除いて行くと、そこにはパパが撮りたくて仕方がなかったもの、パパが大切にしていたもの、そして、パパが純粋に愛したものだけが残った。

 それは言うまでもなく、家族である。仕事一本の職人だったパパはあまり仕事以外の友人を作らなかった。その分、家族を大切にした。パパは自慢のビデオカメラで最も愛する家族の記録を永遠に残したかったに違いないのだ。

 だから、完成したこのビデオ作品は「パパの心の遺産」そのものなのである。

<< お客様のご感想 >>
 今回は大量のテープを整理いただき、ありがとうございました。私には技術的にも、心情的にも(編集することが)無理でした。お蔭様で3年目にやっと主人と対峙することができるように思います。本人は撮影者なのでほとんど映って無いのですが、6年間が163分に凝縮されて当時が蘇りました。驚異です。本当に感謝します。

投稿者 sue_originalcv : 07:54

2011年07月02日

この世ハ酒のごとくに候 2011

● メールマガジン No.95(2011.7.1)

作品名「この世ハ酒のごとくに候 2011」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 21分

 1336年8月17日、足利尊氏が秘封のままで清水寺に納めた願文の出だしは、
 この世ハ夢のごとくに候
であった。絶頂期の尊氏が懊悩の中で願ったこととは?

 それから675年経った2011年6月4日、われら13人は秋田県能代市の喜久水酒造に集合した。メンバーは多彩で、神奈川県を中心にするもシアトルから2人参加し、最年少者は生後4ヶ月という赤ちゃんである。

 さて、ここで何が起きているかである。

 毎年6月第一週の土曜日に、喜久水酒造では所有しているトンネルの前で醸蒸多知(かむたち)祭を行う。これはお客様への感謝祭のようなものだ。
 ここで、特別大吟醸 朱金泥能代という1升瓶1本10万円のお酒を一杯ご馳走になれるのだ。まさに、
 千ドルの 一杯求めて 一千里
というわけである。

 醸蒸多知祭の後、われらは秋田地酒の伝道師こと、浅野さんのいる天洋酒店に向かった。さすが、伝道師だけあって半端ではない。ビールやワインなんて置いていない。ときどき間違ってビールを買いに来られる方がいるそうだが、その方には「この先のコンビニで買って下さい。」と言うそうだ。

 ここで利き酒を行っていただけるのだが、メンバーがメンバーだし利き酒会と称する大宴会になってしまった。これで一人も買わなかったらどうなるんだろう?

 そして、最後は米代川沿いにある「川どこべらぼう」へ向かった。秋田杉をふんだんに使った店内は落ち着くし、檜風呂もある。そして、言うまでもなく秋田地酒を飲みながらここの料理に舌鼓を打つわけだ。

 うーん、中身があまりに濃過ぎる。体力の無い人は付いていけない。

とはいえ、2年前の参加者は4人、昨年は7人、今年は13人ということでねずみ講式に増え、さて、来年の参加者は何人になるのだろう?

投稿者 sue_originalcv : 11:10