パパが残したモノ 〜1992年から1997年までの記録〜

● メールマガジン No.96(2011.8.1)

作品名「パパが残したモノ 〜1992年から1997年までの記録〜」
制作 神奈川県女性
作品時間 163分

 約20年前、パパは1台のビデオカメラを買ってきた。人はそれを見て21世紀のビデオカメラだね、と冷やかした。

 パパは自慢のビデオカメラでいろいろなものを撮り始めた。
 家族の団欒、幼稚園学芸会、近くの動物園、山小屋、祖父母の来訪、成人式、友人来訪、誕生日、花見、水族館、釣り、運動会、水泳大会、スキー、卒園式、入学式、クライミング、七五三、バスケットボール大会・・・。
 しかし、子供たちが小学校高学年になる頃から、ビデオカメラで撮影することは無くなった。その後、その撮影したビデオテープは見られることもなく、押入れの隅に埃をかぶったままになっていた。

 そのパパは2年前に天国に旅立った。最近、ママが押入れを整理していると埃をかぶったたくさんのビデオテープが出てきた。ママは想い出の残るこのビデオテープを簡単に捨てるわけにもいかず、私のところへ送ってきたのである。

 私は編集を進めていった。手振れしている部分、冗長な部分を取り除いて行くと、そこにはパパが撮りたくて仕方がなかったもの、パパが大切にしていたもの、そして、パパが純粋に愛したものだけが残った。

 それは言うまでもなく、家族である。仕事一本の職人だったパパはあまり仕事以外の友人を作らなかった。その分、家族を大切にした。パパは自慢のビデオカメラで最も愛する家族の記録を永遠に残したかったに違いないのだ。

 だから、完成したこのビデオ作品は「パパの心の遺産」そのものなのである。

<< お客様のご感想 >>
 今回は大量のテープを整理いただき、ありがとうございました。私には技術的にも、心情的にも(編集することが)無理でした。お蔭様で3年目にやっと主人と対峙することができるように思います。本人は撮影者なのでほとんど映って無いのですが、6年間が163分に凝縮されて当時が蘇りました。驚異です。本当に感謝します。

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末次家・林家 法要あーかいぶ

● メールマガジン No.83(2010.7.1)

作品名「末次家・林家 法要あーかいぶ」
撮影 Original CV  制作 末次美智
作品時間 163分

 オリジナル・シー・ヴイ創立7周年を迎えるに当たって、どこかの小売店のように「大感謝祭全品半額セール」みたいなことをするのも、なんだか筋違いのような気もする。そこでオリジナル・シー・ヴイが提供する「個人向ビデオ編集サービス」にふさわしい作品制作を考えることにした。

 そのテーマに選んだのが法事(法要)である。日本人にとって本当に身近にある仏事にも関わらず、映像として記録に残されている方はどのくらいいらっしゃるだろうか。
 私のところでもお客様から「一周忌を編集して欲しい」というご依頼をいくつか受け、編集をさせていただいたが、これまで「一周忌、三回忌、七回忌・・・」などと体系的にまとめたものは無かった。

 そこで、私が1999年から2010年まで12年間撮り続けた以下の末次家・林家の9回の法事(法要)をひとつにまとめてみることにした。

 1999年 末次シゲ十七回忌、2003年 末次秀夫一周忌、2004年末次秀夫三回忌、2005年 林ミチエ一周忌、2006年 林ミチエ三回忌、2007年 末次シゲ二十五回忌、2008年 末次秀夫七回忌、2008年林要三十三回忌、2010年林ミチエ七回忌

 そうすると、驚くべきことが起こった。末次家・林家の親族の歴史絵巻が走馬灯のような現れたのだ。

 一回だけの法事(法要)ではわからないが、それを連続して繋げることで親族の変化が如実にわかる。

 父の代の孫たちは高校、大学を卒業後就職し、社会の一員として成長していった。12年の映像の記録は、その驚くばかりの孫たちのフィジカルな変化を克明に捉えていた。
 また、父の代の子たちはフィジカル的には衰えるが、社会の重要な役割を担った。そして、社会にどのように貢献し、次の世代に何を残して行かなければいけないかを考えるようになった。12年の映像の記録はそのメンタルな変化を捉えていた。

 ご自分の人生をまっとうされ他界されていく方もいれば、結婚して新しい家族として加わる方もいる。その月日が克明に映像記録として残っている。

 末次家・林家にとっては、このビデオ作品こそ、値段を付けることができないほど価値をもつ後世に伝えるべき宝なのである。

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A Special Tribute To *****

● メールマガジン No.79(2010.3.1)

作品名「A Special Tribute To *****」
制作 東京都女性  作品時間 7分

 ある著名な俳優Aさんのご家族から、編集の依頼をお受けしました。

 Aさんは「*寿」を迎えられるとのことです。そのお祝いの企画として、Aさんの出演された映画の中から、Aさんの珠玉シーンを集めてご家族の皆さんで鑑賞しようとのことです。

 その映画とは、私が若い頃、大ヒットした映画シリーズです。当時、私もこの映画シリーズを見るために足繁く映画館に通いました。Aさんの役回りは助演として、その映画にとってはとても重要なところ。コミカルな演技が面白く、私もよく物まねしていました。

 Aさんがいなければ、この映画シリーズは成り立たないといっても過言ではありません。事実、主演が代わっても、Aさんだけはこの映画シリーズの全部に出演されているのではないでしょうか。

 今回、私は編集をさせていただいたわけですが、私の若い頃を思い出しながら、この小作品を一心不乱に編集しました。

 Aさんにおかれましては、これからも末永くお元気でいらっしゃることを心よりお祈り申し上げます。

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想い出

● メールマガジン No.71(2009.7.1)

作品名「想い出」
制作 東京都男性
作品時間 39分

 ある日突然、予約の連絡もなく、6本のビデオテープと音楽CD1枚が送られてきた。同梱されていた編集依頼の手紙を拝見すると、まだ、ご希望の納期には時間があった。少しほっとしたところで、ビデオテープをデッキに入れた。

 内容はお母様を収録したものである。お墓参りや何回かにわたる旅の模様が撮影されていた。撮影されているほとんどが、ご子息がカメラマンとなり、お母様が出演者となっていた。
 二人三脚の物語なのであるが、お母様が笑っているシーンはあまりなく、淡々とビデオテープは回った。
 そして、ときどき映る小さな額に入れられた若い女性の遺影が気になる。亡くなられたご息女なのであろうか。

 ある年の末、お二人で旅に出られ有名温泉のホテルに宿泊された。ホテルの夕食のテーブルでは北欧人によるマジックや歌のショーが催された。大柄なブロンドの女性歌手がステージから下りて、お母様のところにもやってきた。そして、その女性歌手とお母様が握手を交わすときに初めて、お母様の笑みが表れた。
 この晩、この温泉街の主催で花火大会が行なわれた。何万発の花火が上げられたのであろうか。シュルシュルシュル、ボーン、ボーン、ボーン。

 一瞬のお母様の笑みと一発一発上がる花火がイメージ上でディゾルブする。

 一瞬の出来事なのだけれどもそのイメージがいつまでも頭から離れなかった。

<< お客様のご感想 >>
 ビデオ制作 母の命日に間に合い感謝しております。故人を偲ぶ会はきっと親戚の皆様を感動させる事かと思います。親不孝ばかりで… 本当にありがとうございました。
 この仕事とても良い仕事ですね〜。これからも頑張ってください。

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(仮題)メッセージ

● メールマガジン No.66(2009.2.1)

作品名「(仮題)メッセージ」
撮影 Original CV
制作 山口県男性
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 元旦に一枚の年賀状が届いた。裏にはヨットが停泊している船着場の美しい写真が貼ってあり、そして、表には小さな文字でびっちりと文章が書かれていた。
 
 「南トルコのアンタルヤの街は崖の上にあり・・・。この地方にはローマ時代の遺跡が多く、旅行者にとって気が抜けない地方になる。水道橋もあり、円形劇場もあり、エジプトのクレオパトラとローマのアントニウスが逢瀬を楽しんだ町でもある。」

 私も3年前、トルコに近いコス島やカリムノス島を訪れているので、なんとなく親近感が湧いた。

 そして、それから文章の語調が変わった。
 「元気になって、また旅に出たいです。次に帰られたら今の私をビデオに写して下さい。・・・ 終わりの近い人のメッセージのつもりです。」

 私はすぐに連絡を取り、撮影に行く旨を伝えた。山口県まで1000km足らず。車で一っ飛びである。

 その日は寒い一日であった。お体に差し支えるといけないので、外での撮影は止め、レストランで食事をしながら撮影することにした。
 食事中の会話はごく普通の世間話である。撮影はそのあるがままのお姿を撮った。肩肘を張らない自然のままで良かったのだと思う。

 何気ない所作の記録、それこそが遺産なのだと思いながら・・・。

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故*** 三回忌

● メールマガジン No.37(2006.8.1)

作品名「故*** 三回忌」
撮影・編集 Original CV、制作 福岡県女性
作品時間 12分

 親族が一同に集まるとき、それは冠婚葬祭を除けば法事ぐらいのものだ。

 冠婚葬祭では専門の業者が映像を撮ったりするので、それが記録として残っていることが多い。しかし、法事となると、数枚の写真は残っているかもしれないが、ビデオのような映像が残っているケースは極めて少ないと思う。

 一周忌、三回忌、七回忌、・・・と続く法事は故人を偲んでお集まりいただくと同時に、お集まりいただくご親族の歴史がそこに凝縮されている。それを映像として残すことは大変価値のあることだと思う。
 月日が流れていく中で、ご親族の方々のお子様やお孫様の誕生、入学卒業、就職、そして、ご結婚、また、惜しまれながら他界された方々など、定期的に残された映像から、その歴史を紐解くことができる。

 後世、このような記録を残したいと思っても、その時点、その時点でビデオカメラを廻し記録を残しておかなければどうしようもないことなのだ。

 人は想い出の中に埋没すべきではないが、想い出を振り返る中で、先達の偉業や足跡をかみしめ、これから自分がどのように道を切り開いていくかを考えることは無益なことではないと思う。

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回想 〜****〜

● メールマガジン No.32(2006.3.1)

作品名「回想 〜****〜」
制作 Original CV
作品時間 118分

 大正生まれの母は青春時代に戦争を体験し、激動の時代を生きてきた。その体験談は戦争を知らない私にはとてもインパクトがある。同世代の父の体験談も強烈にすごいものがあったが、他界してしまい、その半生を語る記録は何も残っていない。

 母が80歳を越えたとき、このまま他界してしまったら父と同様に何も残るものがないと不安になった。その体験談を残せる良い方法はないだろうか。今さら「自分史を執筆してくれ」とお願いしても、気の遠くなるような作業であるし、母の老体に鞭を打つようで忍びない。

 簡単なのは体験談のインタヴューを映像で残すことだ。しかし、私がいきなりマイクを出しカメラを向けて体験談を語れといっても、「何を言ってんの」と一喝されそうだ。この手合いは身内同士ではできない。

 そういうとき、母の体験談を聞きたいという方々が現れた。東京と名古屋から母の住む九州へわざわざ足を運ぶという。この機会を逃す手はない。
 インタヴューの日時と段取りを決め、九州へ向かった。インタビューは初対面であるので、どうなるかと心配であったが、会話が進むにつれ緊張が解けてきた。それを確認してからビデオカメラをセットし回し始めた。丸々2時間。

 この記録はそのまま永久保存版である。そして、これから何代に渡っても我が家の宝となるに違いない。同時に、我が家の宝というだけではなく、大正時代に生まれ、激動の時代を生きた一人の女性としての貴重な記録でもある。

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ありがとうママ

●メールマガジンNO.21(2005.4.1)

作品名「ありがとうママ」
撮影 千葉県 女性
作品時間 60分 (テープ録画時間 167分)

 お母様の一周忌に、この作品は完成した。

 構成は3部からなっている。第一章 走馬燈、第二章 神様のプレゼント、第三章 旅立ち。
 第一章はお母様の想い出となるたくさんのお写真を一枚一枚丁寧にトリミングし、それを時間軸で流して、お母様の軌跡を流れるように追った。
 第二章は初めてのお孫さんを授かった喜びをお母様の豊かな表情と娘さんとの軽快なやりとりで明るく表現している。

 そして、第三章は若くして旅立たれたお母様の最期の場面をまとめた。
 介護される娘さんたちやご親族の皆様の「早くよくなって」という気持ちもむなしく、お母様のご容態は悪くなっていった。
 お孫さんとともに、お母様の枕元に寄って、娘さんは語る。「・・・・。ママ、ありがとね。」お母様は自由にならないお体の中で聞き取りづらかった最期の言葉を発した。
 よく聞き取れないのだが、私にはお母様の顔や目の表情、そして、口元の動きから「ありがとね」とおっしゃっているようにしか思えないのだ。

 親子がお互いに共有した時間を感謝し、心から「ありがとう」という言葉を交わす最期の場面は涙なくしては見れない。そして、「ありがとう」という言葉のもつ意味の深さを十分に教えてくれたように思う。この美しい作品の編集をお手伝いさせていただいて、私からも本当に「ありがとう」と言いたい。

<< お客様のご感想 >>
 心のこもった作品にして頂き、ありがとうございます。父も姉も私も、とても感動し、皆、涙があふれました。
 パッケージも実家の家をバックにいれてくださったり、BGMをいれてくださったり、とても満足しています。
 作品は、一生大切にします。また、作品をお願いすることがあると思いますので、その時は、また宜しくお願いします。

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2004年の夏

●メールマガジンNO.17(2004.12.1)

作品名「2004年の夏」
撮影 Original CV   制作・著作 福岡県 女性
作品時間 18分 (テープ録画時間 40分)

 この作品は「2000年の夏」に続く、姉妹作品である。といっても型にはまったものではなく、その夏に家族や親族を撮ったものを編集したものである。
 しかし、そのちょっとしたシーンが年月を経れば、思い出深い、かけがえのない宝物となっていく。

 「2000年の夏」では、父が病に倒れ、病院へ見舞いに行くところから始まる。ベッドで父と交わす一言一言はたわいもないものだけれども、その懐かしい声は耳から離れない。久しぶりに帰った故郷は昔ほどの活気はなく町全体がひなびている。ただ、油蝉の声だけは今も昔も変わりないものだ。

 そして、「2004年の夏」。父は2年前に亡くなり既にこの世にいない。
 母と甥は絵を書くための花を求めてドライブに出かける。門司のめかり公園に立ち、壇ノ浦を見ながら新平家物語を語り合う。子供達はどんどん大きくなる。時代が新しく成長していく者たちに少しずつ受け渡されようとしている。

 次に創るであろう「2008年の夏」ではどのように変わっているであろうか。21世紀の初頭を生きる一家族の物語は記録となって残っていく。

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