城山南壁 エキスカーション・中央壁ダイレクトルート

● メールマガジン No.102(2012.2.1)

作品名「城山南壁 エキスカーション・中央壁ダイレクトルート」
撮影・編集 Original CV  制作 FTG
作品時間 48分

 1月6日、伊豆・城山に出かけた。本年の初登りである。

 この近くの函南辺りに、当時若かった源頼朝が幽閉されていたと聞く。北条政子との出会いもこの辺りであったに違いない。ひょっとしたら、頼朝と政子の逢引の場所が城山だったのではないかと勝手に想像すると、城山のクライミングも自ずと楽しくなるものだ。

 さて、城山の南壁は次の静止画の通り大きな1枚岩だ。(静止画の中央部。赤い車のやや右斜め上。)

 ここに、古くに開拓され、三ツ星のマークが付く「エキスカーション」というルートがある。このエリアを代表する6ピッチの好ルートだ。

 私たちは朝方、このルートに取り付いた。岩質は凝灰岩であり、ざらざらとした感じだ。ホールドもスタンスも結構あるので簡単かと思いきや、そうでもない。手足のバランスが微妙に難しい。
 とはいえ、午前中にどんよりしていた雲が切れてきて、雲間から陽光が差してくると気持ちがよい。また、登るに連れて高度感も増して来るのでロケーションも良くなる。そして、終了点に無事到着。

 通常ならば、これで懸垂下降して、めでたしめでたしで終わるのだが、FTGさんとご一緒するとそうならない。斜上バンドまで懸垂下降した後、継続して次の「中央壁ダイレクトルート」に取り付いた。このルートは4ピッチの長さである。

 結局、中央壁ダイレクトルートの終了点に着いたのは、山の端から日が沈む頃。つまり、朝方、この南壁に取り付いてから、日が沈むまで一度も土を踏むことなく、ずーーーーーっと壁の中にいたのである。

 FTGさんに言わせると、「今回はビデオ撮影で時間がかかったが、クライミングだけなら、もう1ルート追加して3ルート登れそうだ。」

 さすが、FTGさん。今年も宜しくお願いします。

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クライミングと歴史探訪の旅 〜フィナーレ・リグレ、ラベンナ〜

● メールマガジン No.101(2012.1.1)

作品名「クライミングと歴史探訪の旅 〜フィナーレ・リグレ、ラベンナ〜」
撮影・編集 Original CV 制作 Original CV
作品時間 52分

 フィナーレ・リグレでのクライミングは完敗だった。

 そう言えば、カナダ・スコーミッシュで会ったフランス人クライマーに、「10月にフィナーレ・リグレに行くんだ。」と話をしたとき、「ふーん、イタリアの中ではアルコと同じように大きなエリアだね。」とは言ったものの歯切れが良くなかったように感じる。

 フィナーレ・リグレに来て、スイス、フランス、オーストリアから来たクライマー達とも出会ったが、みんな、ここの岩場には手こずっているようだった。

 フィナーレ・リグレの岩質は石灰岩である。タイ・プラナンのようにコルネが発達して大きく前傾しているというところは少ない。基本的にフェースである。

 それなのに、何故、登れないのか。ここのルートはメンタル的に厳しいのだ。

 それはルートの核心部とボルトの打たれている位置に関係する。例えば、3メートル間隔でボルトが打たれていたとしよう。
 まず、核心部がボルトの打たれている0.5メートル上にあったとする。そうすると核心部を越えることができずに落ちたとしても墜落距離は1メートルである。どうってことはない。
 ところが、核心部がボルトの打たれている0.5メートル下にあったとしよう。ということはその下のボルトから2.5メートル登って来ているわけで、ここで核心部を乗り越えられずに落ちると墜落距離は5メートルとなる。フェースなので、打ちどころが悪ければ打撲や捻挫をするかもしれない。だから、核心部を乗り越えることのできる絶対の自信と技量がなければ、なかなか突っ込んでいけないのである。

 概して、日本のルートは安全でルート開拓者は前者の思想でボルトを打っているところが多い。ところが、フィナーレ・リグレのルート開拓者は明らかに後者の思想でボルトを打っている。

 だから、日本のルートを登る感覚でルートに取り付くとシビレテしまうのだ。

 しかし、クライミングは完敗だったものの、フィナーレ・リグレはリビエラにあるのだ。眩しい陽光と白い砂浜。食材は新鮮で、安くて、美味しい。生活するには天国のようなところだ。

 つまるところ、クライミングは完敗! そして、フィナーレ・リグレに乾杯!なのである。

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「イタリア旅行記 〜フィナーレ・リグレ、ラベンナ〜」はこちら

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滝谷ドーム 中央壁と北壁

● メールマガジン No.100(2011.12.1)

作品名「滝谷ドーム 中央壁と北壁」
撮影・編集 Original CV 制作 Original CV
作品時間 38分

 今年の春に山の大先輩から次のことを聞かされた。

 「クラシックルートは今のうちに登っておかないと全部無くなっちゃうよ。今年も北岳バットレスの四尾根が崩壊したし、滝谷なんてもうボロボロで・・・。」

 山を経験している人は山が日々壊れていくということを知っている。

 この一枚の静止画をご覧いただきたい。

 右下手前に写っている北穂高岳の第一尾根はぱりぱりの煎餅のようなもので、いつ崩壊してもおかしくない。

 さて、私達はこの写真の左側に写っている滝谷ドームを登った。陽が登る前は晴れているが、陽が昇ると急にガスが湧き出し、午後には雨になった。

 それでも3000mの日本の屋根にあたるこの壁のクライミングはその高度感といい、景色の美しさといい、登った者にしかわからない醍醐味がある。

 大先輩の言葉を借りると、「ここも早く登っておかないと壊れちゃうよ。」

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A State of Mind -Climbing On Squamish, 2011-

● メールマガジン No.99(2011.11.1)

作品名「A State of Mind -Climbing On Squamish, 2011-」
撮影・編集 Original CV  制作 FTG
作品時間 48分

 スポーツの世界では、耳にたこが出来るほど聞かされる「心技体」という言葉。もちろん、クライミングも同様であるが、この言葉ほど奥が深いものもない。

 気持ちで負けてはいけない。集中すること。・・・と自分に言い聞かせようとするが、目前の恐怖になかなか勝てない。自分の「心」に負けてしまっているのだ。

 逆に、「技」と「体」が伴っていないのに、「心」だけで無理に突っ込んで怪我をする人を星の数ほど見てきた。

 「心技体」の両立は本当に難しいが、稀に、それが出来る瞬間がある。そのとき、その人間の行動は人知の及ぶ領域を超え、神の世界の中に存在しているように見える。

 2011年8月から9月にかけて、カナダ・スコーミッシュで見たクライマーの姿はそれに近かったのではないだろうか。

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韓国・インスボン シュイナードA&B

● メールマガジン No.94(2011.6.1)

作品名「韓国・インスボン シュイナードA&B」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 77分

 インスボン(仁寿峰)はソウル近郊のボッカンサン(北漢山)の中にあるひとつの岩峰である。
 ボッカンサン(北漢山)は国立公園になっており、ソウル近郊にありながらも豊かな自然が溢れ、クライマーばかりではなく、多くの一般登山客が訪れている。ここはソウル市民の憩いの場なのである。

 このボッカンサンの中にあるインスボンはひとつの巨大岩峰と言ってよく、このようなスケールの大きい花崗岩の岩場は日本に存在しない。この巨大岩峰に長短100本以上のクライミングルートが開かれている。

 その中で最も有名なルートは1960年代にイボン・シュイナード氏が開いたシュイナードAとシュイナードBである。インスボンの東面に走る顕著なクラックを登る。当時、フラットソールなんていうものはなく、この岩峰を登るとすれば弱点であるこのクラックを攻める以外に無かったに違いない。

 私たちもこの両ルートを登ることにした。シュイナードB(グレード5.9)は、複数のクラックを繋げた楽しいルートだ。そして、シュイナードA(グレード5.10b)はインスボンの東面を下から上まで一気に走る美しいクラックを登るルートだ。シュイナードBよりは壁が立っており、難易度も高い。

 最後に横浜からのアクセスについて一言。羽田空港から金浦空港へ向かい、そして、ソウル地下鉄を使えばインスボンまであっという間に行ける。日本の遠い地域の岩場へ行くよりも早くて安い。韓国料理を好きだという方はもう行くしかありません。

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大堂海岸・モンキー正面壁

● メールマガジン No.93(2011.5.1)

作品名「大堂海岸・モンキー正面壁」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 54分

 大堂海岸の写真をインターネット上にアップしたとき、米国の友人から「日本にそのような岩場があるのか」とメールが来た。日本の岩場をよく知っている彼にとっても衝撃だったに違いない。

 大堂海岸は、高知県足摺岬の更に西に位置している。南向きに断崖絶壁がそそり立っており、その先は柏島である。

 正月に横浜を出発するとき、ここ大堂海岸は伊豆半島の城ヶ崎のようにポカポカで暖かいのだろうと予想していたが、まったく当てが外れた。

 シベリア寒気団から吹く北西風は中国山地と九州山地の間の関門海峡をすり抜け、豊後水道を通って、この柏島に吹き付ける。柏島の民家では瓦が飛ばないように屋根全体をネットで覆っているところもある。私たちが宿泊した民宿も風が吹くと家屋全体が揺れている感じがした。

 一方でここの海は豊かだ。かもめが無数に飛んでいるほど魚が豊富で種類も多く、釣りやスクーバダイビングを楽しむ人たちが多数訪れている。

 しかし、クライマーはというと・・・。地元の人たちもあまりご存知ない。

 この大堂海岸の岩場は無数のクラックが走っている。日本の岩場の中でもこのような素晴らしいクラックがあるところは少ない。最近はクラック・クライミングを楽しむ方も徐々に増えてきているので、近い将来、このエリアにもクライマーがどっと押し寄せてくるに違いない。

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あるクライミングの一日

● メールマガジン No.90(2011.2.1)

作品名「あるクライミングの一日」
撮影 Original CV  制作 神奈川県男性
作品時間 14分

 数年も前から、ご自身のクライミング・シーンを撮影して欲しいと依頼されていました。そして、先日、漸くそれを完了しました。

 私は、ご自身のクライミング・シーンだけでビデオ作品を作ることは素晴らしいことだと思います。この作品こそがその方のステータスだと信じています。

 大きな家を持っているとか、舶来車を持っているとか、なんとかの肩書きがあるとか言っても、今やそれがステータスと言えるのでしょうか。
 それよりもご自身の生き方を真摯に見つめ、ご自身の生きた軌跡を残すことの方がステータスとしての価値はあると思います。

 実を言うと、撮影するとき、周りの方から「自分の葬式のときに流すビデオを作ってるんでしょう」と揶揄されていました。その方も「そうだよ」と笑い流していましたが・・・。

 人は必ず死にます。しかし、多くの人は、明日もまた今日と同じように来るものと思い、今日何かを残そうとはしません。また次の機会にと思っているのです。そして、その機会はどんどんと失われていく・・・。その事実を凝視しようとしないのです。

 私はご自身を撮影して欲しいという方がこれからもっともっと増えていって欲しいと思います。一度しかない人生。しっかりと残すことも必要なのではないでしょうか。

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Let's Climbing With A Witch, 2010

● メールマガジン No.89(2011.1.1)

作品名「Let's Climbing With A Witch, 2010」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 70分

 昨年9月に再び、カナダのバンクーバーを訪れた。

 バンクーバーから、スキーで有名なウィスラーへ向かう途中に、スコーミッシュという町がある。ここに氷河で削られた大岩壁を持つザ・チーフという山がある。

 私たちはこの岩壁を登るのだが、ある晴れた朝、滞在させていただいている家からザ・チーフを見ていると、その親切な家主のクライマーが、「あそこに見えている岩壁の白い部分は”Witch(魔法使い)"に見えるでしょう」と語った。
 言われてみれば、確かにWitchのように見えるのだ。

 一方、ノース・バンクーバーにも私たちがお世話になっている女性クライマーが住んでいる。彼女とは彼女の家の近くにあるSully's Hungoutという岩場や、バンクーバー島にフェリーで渡って、Horne Lakeという岩場でも一緒に登った。

 その彼女だが、私から言わせるとスーパーウーマンなのである。カラフルで香ばしい石鹸を作るケミカル・サインエンティストかと思えば、沖縄・剛柔流空手の黒帯でもある。ヨガの先生でもあるし、昨年はボディ・エナジー・コントロールが出来るようにもなっていた。
 「はい、息を吸って・・・、はい、吐いて・・・、はい、息を吸って・・・、はい、息を止めて」という次の瞬間には腕が動かなくなっているのだ。
 そして、何を思ったか最近はクラシックバレエを始めたというし・・・。

 私は密かに、彼女はWitchではないかと思っているのだ。

 というわけで、作品のタイトルの意味をご理解いただけましたでしょうか。ガッテン、ガッテン!?

<< お客様のご感想 >>
I was watching your DVD again. I really like your DVD and music together.
You did a very good job on the editing. My friend enjoyed watching too.
Very professional. You create good memories with your work!!

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ガマルートに流れる風

● メールマガジン No.86(2010.10.1)

作品名「ガマルートに流れる風」
制作 Original CV
作品時間 48分

 長野県南佐久郡川上村に、廻り目平キャンプ場がある。

 小川山の岩峰直下にあり、白樺に囲まれ、谷筋を流れる清水は千曲川に注ぐ。そして、標高1600m以上もあり、夏でも涼しい。近年、うだるような暑さの都会を脱出して、ここを訪れるオートキャンパーや家族連れも多くなってきた。

 ここはもともと小川山を登るフリークライマーの聖地として発展してきた。スラブ、クラック、フェースと様々な岩場があり、ビギナーからエキスパートまで、いろいろなクライミングを楽しむことが出来る。
 そして、その中でも人気のマルチピッチ入門ルートが、ガマルートなのだ。

 お盆を過ぎた頃に、私達5人はこのルートを楽しんで登り、廻り目平のテント場に戻って来た。星空の下でキャンプ・ファイヤーを囲み、クライミング談義に花を咲かせながら、バーベキューとお酒を味わった。

 ところが、標高が高いせいなのだろうか、お酒の酔いの回りが異常に早い。
 突然、隣の男性クライマーが酔って前のめりにバタと倒れてしまった。もう一人の男性クライマーは1曲歌って欲しいと女性クライマーにせがんだ。そして、その女性クライマーは胸を張って「千の風になって」を清らかに歌い上げた。

 キャンプ・ファイヤー、酔っ払い、千の風・・・。

 この何とも不思議な組み合わせも、その場に居合わせた者にとっては心地よい空間と時の流れであったのだ。

 そして、2010年の夏の1ページが1枚のDVDになり、私の映像書庫に加えられたのである。

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すぺしゃる・めにゅ 2010 〜韓国・禅雲山〜

● メールマガジン No.84(2010.8.1)

作品名「すぺしゃる・めにゅ 2010 〜韓国・禅雲山〜」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 88分

 時として、その地方に名物おじさんや名物おばさんがいるものである。

 ここ韓国・禅雲寺の食堂街には、地元クライマーから慕われている名物おばさんの食堂がある。地元クライマーが禅雲山にクライミングに来たときには、必ずここに立ち寄る。

 昨年同様、私たちも再びこの食堂を訪れた。

 初日はおばさんがいらっしゃらなかったので、おじさんに、私が作ったオリジナルTシャツを渡しておいた。
 二日目に行くと、おばさんはそのTシャツを着て、私たちを食堂の前で待ってくれているではないか。握手をし、喜んで抱き合った後、食堂に入った。

 この辺りは禅雲寺道立公園内であり、かつ、うなぎが有名なので、どの食堂も禅雲寺にお参りに来る観光客目当てのうなぎ専門店なのだ。
 だから、この辺りの食堂のメニューにはカルビ焼肉もないし、海産鍋もない。

 そこで、私たちはおばさんに通常のメニューにはない「焼肉を食べたいのですが・・・」と頼んでみた。そうすると、おばさんは「明日、サムギョプサル(豚三枚肉)をやろう」と快く引き受けて下さった。

 そして、翌日、食堂に入ると驚いた。

 キャスターに積まれた山ほどの豚肉。直径1メートルのタライに盛られた野菜。

 ワーオ! 誰がこんなに食べるんだ?

 1枚のサンチュに1枚の焼肉を載せて包み、食べるなんてケチなことはしない。いや、そのようにして食べていると、おばさんから食べ方のご指導が入るのだ。がばっと3−4枚の野菜を掴み、その上に複数の肉を載せ、にんにく、テンジャンを合わせて包む。この時点でおにぎりぐらいの大きさになっているが、それを一気に口に頬張る。

 「どうだ、見たかーっ」、みたいな感じになるのだ。


 お別れの朝、おばさんは絶品の「あわび粥」を作って待っていた。これも通常のメニューにはない。そして、バス停まで私たちを見送っていただいたが、涙がこぼれるというので、バスが来る前に食堂の方へと戻って行かれた。

 「いつも暖かく迎えていただき、本当にありがとうございました。」
 私たちは名残り惜しく、バスに乗った。

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The Way of The Sakura Climbers

● メールマガジン No.82(2010.6.1)

作品名「The Way of The Sakura Climbers」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 42分

 4月に、40歳代前の、4人のカナダ人クライマーが日本へやって来た。2組のカップルなのである。

 「目的は?」と聞くと、「桜がみたい・・・、富士山がみたい・・・、クライミングしたい・・・、・・・・・。」
 つまり、日本で出来ることならば何でもやってみたい、ということなのだろう。

 彼らの滞在期間は2週間。しかし、きっちりとした予定が決まっているわけではない。足の向くまま、気の向くままの旅なのだ。まず、関西空港に到着した後、大阪、京都、そして、高野山にも足を運んだようである。一週間経って、漸く関東の方へやってきた。

 私は伊豆高原駅で彼らと出会い、その後、三日間を伊豆半島の城ヶ崎、城山、そして、三浦半島の鷹取山で一緒にクライミングをした。彼らは満開の桜を見たし、雄大な富士山も見たし、クライミングも楽しんだのだ。

 そして、最後の晩、横須賀市追浜の餃子が美味しい中華料理店に、カナダ人を含めて20人弱のクライマーが集まった。この店の若女将から「この方達はどういう方達なのですか」と聞かれるほど、会話はほとんど英語。追浜の小さな中華料理店では考えられないほど、日本語の会話は少なかった。

 盛り上がったところで、一人の日本人女性が立ち上がった。「Here we go!」と言って、皆を静粛にし、注目を集めたところで、君が代独唱を行った。私は彼女が喉のポリープを摘出手術しているため、高音が出ないことを知っていた。それでも彼女は気品をもって歌ったのだ。

 それを聞いたカナダ人たちは立ち上がった。胸に手を当て、誇りを持ってカナダ国歌を合唱した。

 このとき、私たちは言葉という垣根を越えて、心が通じ合っていると感じたのだった。

 カナダ人の中には日系3世の人もいた。おじいちゃん、或いは、おばあちゃんが若いときに過ごした日本という国はどういうところなのかを、この旅で見たかったし、知りたかったのかもしれない。

 私たちは彼らに、誇りがあり気品のある日本人の姿を多少なりとも見せることができたのではないかと思う。そして、彼らもまた、日本人の血を持ちながらもカナダ人としての誇りを持っていることを自覚したのではないだろうか。

 私はこの作品の題名を付けるにあたって、彼らに何かしらの称号を与えたくて仕方がなかった。そこで閃いたのが「The Sakura Climbers」なのである。もちろん、私が作り出した造語だ。

 「The Way of The Sakura Climbers」(サクラ・クライマーへの道)

 彼らならば、私の伝えたいことを理解してくれると信じている。

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ちむどんどん勝山2010

● メールマガジン No.81(2010.5.1)

作品名「ちむどんどん勝山2010」
撮影 Original CV  制作 FTG
作品時間 69分

 沖縄県名護市勝山の皆さんは今年も元気いっぱいであった。

 勝山には急峻な山があり、その斜面に植えられ甘い香りを漂わせるシークヮーサーの花、そして、そのシークヮーサーの木の下草をえさにして育つヒージャー(ヤギ)がある。

 その恵みを皆さんにも知っていただこうと、3月21−22日に第6回勝山シークヮーサー花香り祭が催された。

 今年の祭の目玉は何と言っても、勝山区長さんの結婚披露宴であった。地元のTV局も取材に来ているほど、大盛況。勝山区長さんの人柄もあって、祭のイベントに出させて欲しいという方々がいっぱいいらしたようだ。

 大正琴を演奏するグループは、結局、祭のイベントには出演出来なかったが、勝山区長さんのためにどうしても演奏をしたいということで、祭の後に行われた打ち上げ、兼、結婚披露宴の2次会で演奏することになった。

 また、この2次会が大いに盛り上がったのだ。

 私たちは毎年微力ながらも、この勝山の山を紹介するお手伝いをさせていただいている。来年はまたどのように勝山が盛り上がるのだろうか。今から、ちむどんどん(わくわくどきどき)しているのだ。

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シチリア、その夢

● メールマガジン No.77(2010.1.1)

作品名「シチリア、その夢」
制作 Original CV  作品時間 47分

 クライミングと歴史探訪の旅の第3作目である。


 第1作目 Homer sometimes ... - Climbing in Kalymnos -
 
 第2作目 クライミングと歴史探訪 〜スペルロンガ・フィレンツエ・ローマ〜

 それぞれの旅にはテーマがある。第1作目は古代ギリシャ、第2作目は古代ローマ。そして、今回の第3作目はポエニ戦争である。

 しかし、実際の旅では、2100年から2200年前に起こったローマとカルタゴの戦いの史跡を見つけることはあまり出来なかった。第1次ポエニ戦争のとき、カルタゴ軍が3年間占拠したというテーブルマウンテンMonte Pellegrinoを訪れたぐらいであろうか(ここでクライミングを行なった)。

 それよりもシチリアの州都パレルモで見たものは、人種の坩堝であり、貧しいという現実だった。

 地図を広げていただければ、すぐにわかると思うが、シチリアは地中海の真ん中にある。この島の地理的な重要性は明らかだ。故に、多くの人種がこの島に乗り込んで来た。ギリシャ人、フェニキア人(カルタゴ人)、ローマ人、アラブ人、ノルマン人、イスパニア人・・・。

 次々に代わる統治者の中で、その島に定住したシチリア人はどのような夢を持ったのであろうか。

 シチリア島の西北端にあるトラーパニの近くにエリーチェという街がある。このエリーチェは標高700mぐらいの山頂にあり、要塞化された、古くて美しい街だ。
 このエリーチェで朝陽が真っ先に当たるヴィーナス城の広場に胸像が立っていた。名前はジュゼッペ・コッポラ。

 私はこの「コッポラ」という姓を見たとき、フランシス・フォード・コッポラ監督のゴッド・ファーザーという映画を思い出した。監督が描きたかったもの、それこそ、シチリア人の魂ではなかろうか。

 ここシチリアに来て始めて、この映画の本当に描きたかったものを知る思いがしたのだった。

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丸山東壁

● メールマガジン No.75(2009.11.1)

作品名「丸山東壁」
制作 Original CV  作品時間 28分

 扇沢からトロリーバスに乗り、黒部ダムで降りる。通常、一般客は黒部ダム堰堤へ出て、堰堤の上から大放水を眺める。

 しかし、私達は下の廊下の方へ降りて行き、川筋から黒部ダムの大放水を見上げることになった。

 しばらく下の廊下を歩くと内蔵助平谷出合いに達し、そこから谷間に入ると正面に丸山の黒々とした岩壁が現れる。「黒部の巨人」と言われた大岩壁である。

 2日間で中央壁・緑ルートと東壁・左岩稜ルートを登った。これらのルートは1960年代に開拓されているが、今は当時の賑わいをよそに、私達以外は誰も取り付いていなかった。

 クライミングにもブームがある。この「黒部の巨人」がまたいつか見直され、賑わいを取り戻すときが来るのだろうか。それまでは静かに北アルプスの懐で眠っている。

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RELAXATION AT MOMENT -CLIMING IN SQUAMISH-

● メールマガジン No.74(2009.10.1)

作品名「RELAXATION AT MOMENT -CLIMING IN SQUAMISH-」
制作 FTG  
作品時間 74分

 カナダ・バンクーバーから北へ向けて車を走らせると1時間弱でスコーミッシュという街につく。そのスコーミッシュの看板はThe Chiefという花崗岩の巨大な山である。

 アメリカのヨセミテをひとまわり小さくした感じだが、8月は最もクライミングに適した時期である。ヨセミテの美しさは氷河が削ったU字谷。スコーミッシュの美しさは氷河が削ったフィヨルドである。

 ここにFさんご夫妻が招かれ、私もそれに同行させていただくことになった。

 まず、スコーミッシュのクライマーは非常に親切なことに驚いた。ヨセミテのレンジャーがうろつき回り、常に監視されている雰囲気とは大違いだ。

 きれいなクラックが無数に走り、それらをクライマーはカムを使ってプロテクションを取りながら登る。カムは回収できるので、登った後も岩場に残るものはない。クリーンなクライミングである。

 親切な人たちに囲まれて、美しい岩場を登る。天国とはこういうところではないのだろうか。そこはまさに理想郷であった。

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13年前の記憶 〜韓国・ソヌンサン(禅雲山)〜

● メールマガジン No.72(2009.8.1)

作品名「13年前の記憶 〜韓国・ソヌンサン(禅雲山)〜」
制作 FTG
作品時間 83分

 韓国で一番高い山はチェジュ島にあるハンラ山。大陸の中ではソラク山が一番高い。そして、よく日本人に知られている岩山というとソウル近辺のインスボン。ここは花崗岩質で、スラブのクライミングが出来ることで有名だ。

 さて、そこで、ソヌンサンと聞いてピンと来る人は相当な岩登り通である。ここはどっかぶりの前傾壁があるところなのだ。

 インスボンならソウル近辺なのでお手軽だが、ソヌンサンは全羅北道にありソウルからはバスの乗り継ぎで4時間ほどかかる。地元韓国人のクライマーが同伴するか、或いは、ハングルが読めなければ容易に行けるところではない。

 ここソヌンサンにFTGの福原ご夫妻は13年前にいらしたという。国際コンペがここで開催され、福原俊江さんがその大会に出場したのだ。
 それから随分と時が経った。

 5月の緑が眩い林の中を登っていくと静かで大きな岩壁があった。たまたま居合わせた地元クライマーの中に、当時のコンペを主催した方や出場した方もいらした。
 「日本人ですか?」と話しかけられ、そして、当時のコンペの話題になると、福原俊江さんのことをよく覚えているという。13年も前のことなのに・・・。

 人と人とのつながりは本当に大切だ。それをわかち合えるお互いの心がお互いの体の中に残っているということなのだから。

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Chim Dong Dong, Katsuyama 2009

● メールマガジン No.70(2009.6.1)

作品名「Chim Dong Dong, Katsuyama 2009」
制作 FTG
作品時間 80分
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 沖縄県名護市に、50世帯ほどが暮らしている勝山という小さな集落がある。

 ここに暮らす人たちは、毎年3月に「勝山シークヮーサー花香り祭り」を開催する。つまり、村おこしなのである。今年で第5回目を迎え、入場者はここに暮らす人たちの30倍の人がやってくるという。

 この勝山の宝は、険しい山、シークヮーサー、ヒージャー(やぎ)の3つである。今年の祭りの入場料は300円であったが、最後にハズレ無しの抽選会が行なわれた。1等はなんとヒージャー(やぎ)なのだ。当たったらどうしよう、という嬉しいような不安がよぎったが・・・。

 私はFTGさんに誘われて、昨年に引き続き2度目の参加だった。クライミング(岩登り)に興味のある方にクライミングの体験をしていただくなど、多少のお手伝いをさせていただいた。

 地方と言えば、不景気の中で疲弊しているというイメージがあるが、ここ勝山はそんなことを感じさせない。逆に、自然の恵みの中でたくましく生きる姿に、こちらの方が活性化エネルギーをもらう。

 地方の活性化こそが、日本経済再生の鍵なのだと感じずにはおられない。


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Hot Climbing 4, customized

● メールマガジン No.69(2009.5.1)

作品名「Hot Climbing 4, customized」
制作 Original CV
作品時間 117分
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 昨年、タイ・プラナンから帰国した時点で、今年のタイ・プラナン行きはないだろうと思っていた。もうここでは撮り尽くした感があったし・・・。

 ところが、昨年の秋に「どうしても行きたい」という方が現れ、また、どなたもご一緒する予定がないということを伺い、「仕方が無い、また行くか・・・」というノリで、今年のタイ・プラナン行きが決まった。

 当初、決して積極的なノリではなかったのだ。しかし、人間というものは不思議なもので、行くと決まるとクライミングに対するモチベーションがぐっと上がり、日頃のトレーニングも真剣にやるようになる。ひとつの歯車が順調に回転するようになると、あれもこれもと順調に動き出す。そういう意味では、私は「どうしても行きたい」とおっしゃっていただいた方に感謝せねばならない。

 タイ・プラナン行きも、あれよあれよという間に人が集まり、今回の参加者は総勢15名(+飛び入り1名)の大盛況となった。世の中というものはわからないものだ。ひとつのきっかけで、がらっと変わる。

 また、2月という時期に日本を脱出し暖かいタイに来ると、体にはとてもよい。足腰が痛い、ヒビワレ、シモヤケ、手足がかさかさしているなどなどは2−3日ですぐに治ってしまう。まさに心身共にパラダイスなのだ。

 この分だと、来年もまたタイ・プラナンに行くことになりそう!?

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 タイ・プラナン旅行記はこちら

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クライミングと歴史探訪 〜スペルロンガ・フィレンツエ・ローマ〜

● メールマガジン No.65(2009.1.1)

作品名「クライミングと歴史探訪 〜スペルロンガ・フィレンツエ・ローマ〜」
撮影・編集 Original CV
制作 Original CV
作品時間 59分
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 武中ご夫妻に同行させていただく旅は、通常の旅より8倍楽しめる。

 まず、ご夫妻ともクライマーなので、旅の目的のひとつはクライミングである。そして、ご夫妻はヨーロッパ文化の造詣が深い。よって、旅のもうひとつの目的は歴史探訪である。つまり、クライミングと歴史探訪で2倍楽しめるのだ。

 また、旅に出発する前に体調を整え、念入りに下調べをする。言うなれば、予習をするわけだ。クライミングに関しては、体をシェイプアップしておけば高グレードのルートを登ることができるし、歴史探訪に関しては現地の歴史を勉強しておけば旅が充実する。
 今回は古代ローマがテーマなので、ご夫妻にお聞きして、塩野七生やエドワード・ギボンの著書を中心に読みあさった。ここでまた2倍楽しめる。

 最後に、復習である。旅で撮り溜めた映像の編集に入る。テロップやナレーションを挿入するために、もう一度、旅の資料をひっくり返して学習する。ここでさらに2倍楽しめる。

 ひとつの旅の面白さを積算すると、2倍×2倍×2倍=8倍 なのである。

 2年前はカリムノス島とアテネに行ってギリシャ文明を味わい、今回はスペルロンガ・フィレンツエ・ローマで古代ローマを中心に旅を味わった。
 次回は「ポエニ戦争がテーマになりそう?」と、ご夫妻はすでに次の旅へと向かっている。

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 この作品のDVDを\4,200で販売していますので、ご希望の方はinfo@originalcv.comまでご連絡ください。

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Jeff's World

● メールマガジン No.60(2008.8.1)

作品名「Jeff's World」
編集 Original CV  制作 石田哲也 様
作品時間 84分
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 米国から帰ってきて、米国で撮影したテープの編集に取り掛かったが、行き詰ってしまった。作家なら、筆が止まる、という状態だ。

 米国に出発する前に頭に描いたストーリーは、ヨセミテのビッグウォールの完登を狙うので、クライマーがそれに向けて準備し、そして、見事に目的を完遂。最後に、握手しているシーンで幕を閉じる、というものだった。

 ところが撮影したものは、2週間付きっきりでアテンドしてくれたジェフのクライミングシーンが主体。また、ジェフの紹介で、ヨセミテだけではなく、ティック・ロック、ジョシュアトリー、マリブ・クリーク、デビルス・パンチボウルなど景色の美しいところでの撮影も多かった。

 編集は当初の予定通り、ヨセミテに絞り、他のシーンをカットするというにはあまりにもったいない。かといって、それらのシーンを採用すると作品としてのまとまりがなくなる。

 編集の糸口が見出せないまま、ひと月が経ってしまった。

 ある時、「この作品が完成した暁には、誰が喜ぶだろうか?」とふと思った。
 出演している当事者が喜ぶのは当たり前だから、その次に喜ぶのは誰かということになる。

 その時、ジェフのお父様の顔が頭によぎったのである。これだ!!

 撮影したものはジェフのクライミングシーンばかりでなく、ライフスタイルにも及んでいる。だから、ジェフという一人の人間に焦点を当てても十分に作品になる。

 ジェフのお父様にもわかりやすくするために、英語でナレーションを入れることにした。「私たちはビッグウォールを登るために渡米した。しかし、そこで見たものは『Jeff's World』だった。」 この展開で、制作者である石田さんに英語のナレーション台本を書いていただいた。そして、出来上がったナレーション
台本は大変素晴らしく、作品をぐっと引き締めた。

 この作品によって、自分が目指しているものに一歩近づけたように感じた。
 「個人向ビデオ編集サービス」の「個人向」とは、「ひとりの人のために」という意味がある。ジェフのお父様のための作品。それで十分ではないか。

 この作品のオープニング映像はこちら


<<制作者のご友人のご感想>>
 ところでやっとDVDを拝見しました。めっちゃ感動しました。すごいですね〜!?
 私の好きな造りで構成、音楽やカメラの写しかた等どれも市販のものと同等以上だと思います! やってみたくもなりましたよ〜。

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Hot Climbing 3, Customized

● メールマガジン No.56(2008.4.1)

作品名「Hot Climbing 3, Customized」
制作 Original CV
作品時間 89分

 タイ・プラナン。世界中のクライマーが集まってくるアジアで最も有名な人気エリアだ。

 海岸からそそりたつ石灰岩。そこに鍾乳洞のような洞窟があり、そして、天井からは大きな石筍がにょきにょきとぶら下がっている。その周りはエメラルドグリーンの海だ。この美しい景色の中を登る。それに憧れないクライマーはいない。

 プラナンはクラビの町に近いが、日本人観光客に有名なプーケットからはタクシーで2時間ほど走らなければならない。岩場とエメラルドグリーンのビーチを除けば名所旧跡があるわけではない。そういうこともあってか日本人の観光客は滅多に訪れない。

 私が最初にここに訪れたのは10年前だ。当時は今ほど欧米の観光客が訪れていなかったので、サンゴのビーチが残っていた。泳ぐとクマノミがいるほど美しい海だった。

 そして、この場所は、私が初めてフリークライミングを対象としたビデオ作品を作ったところでもある。「Climbing & Diving in Thailand」。その後、「Phra Nang 2000」、「Hot Climbing」、「Hot Climbing 2」と続いた。

 今回は「Hot Climbing 3, Customized」を制作したわけだが、10年前の作品に比べて上達したのであろうか。

 確かに、ほとんどすべてのクライミングエリアでの撮影ポイントは知っている。ここから撮ればベストショットだというところだ。今回の撮影もその経験を活かしている。

 しかし、・・・。10年前に作った作品から感じ取れる情熱が今回は薄れているのではないか。10年目の節目として反省の多い作品となった。

 この作品のオープニング映像はこちら

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FTG クライミング レッスン part1

● メールマガジン No.53(2008.1.1)

作品名「FTG クライミング レッスン part1」
撮影・編集 Original CV  制作 FTG
作品時間 55分

 "Beautiful Climbing!!"

 福原俊江さんの主催するFTG クライミング スクールは盛況である。
 なぜなら、このスクールでは美しく登れるようになることを目指しているからである。ここでいう美しいとは、岩壁をダンスを舞うようにして登るということ。
 
 一般に、普通のクライマーが登っている姿を見て、「猿のように登るなあ」というけれど、ある意味では当っている。いくら難グレードを登ったとしても、「猿」のようにしか見えなければ、やはり、「猿」なのだ。

 FTG クライミング スクールでは、「猿」の登り方ではなく、岩壁で舞うダンスを教えている。つま先から腰、腰から肩甲骨を通って手の先に至るまでの「流れ」を重視する。ひとつひとつの動作を細かく丁寧にレッスンしていくうちに美しいクライマーが誕生する。
 その美しいクライマーの登り方を見て、口コミで、FTG クライミング スクールに入ってくる生徒さんも多いと聞く。

 さて、このビデオ作品「FTG クライミング レッスン part1」では、足の踏み替え、重心に立つ、そして、重心の移動など基礎的なところを中心に収録している。
 初心者の方なら、ここに収録されているレッスンを繰り返すだけで、すぐに美しく登れるようになること請け合いである。
 そして、「流れ」というのは本や写真では表現しずらいので、ビデオの威力は絶大である。

 最後に、初心者の方、クライミングがうまくならないとお悩みの方、FTG クライミング スクールに入ってみてはいかがだろうか。目から鱗という発見が必ずあると思う。

 FTG Climbingのブログは次の通り。
http://www.originalcv.com/ftg/climbing/
(ギリシャ・カリムノス島のクライミングツアー日記や写真もあります)


<福原俊江さんからのコメント>
 「パフォーマンス・ロッククライミング」(山と渓谷)は、クライミングはテクニックでパワーを制御するスポーツであると紹介しています。力強い登りも見事ですが、力を見せないのも素敵でしょう。

 屈筋のみに頼るのではなく、伸筋を充分使うことによって、よい姿勢が得られます。そしてパワーは制御され、しなやかなムーブが生まれます。疲労が少ないので、肘、肩等の障害も防止できるようです。

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みんなで登った 〜スパンティーク峰(7,027m)16人全員登頂の記録〜

● メールマガジン No.44(2007.4.1)

作品名「みんなで登った 〜スパンティーク峰(7,027m)16人全員登頂の記録〜」
編集 Original CV  制作 神奈川ヒマラヤ登山隊1992
作品時間 147分

 この作品は1992年に撮影されたものです。

 当時、その成果はテレビ神奈川で放映され、そして、本にもなりました。(敷島悦郎著「そして、みんな登った」<山と渓谷社>、写真集「スパンティーク全員登頂」<神奈川ヒマラヤ登山隊1992>)

 しかし、隊員の撮られた膨大な映像記録は編集されないまま今日に至っていたのです。15年経った今、隊員のお一人から登頂の映像記録全体をまとめるように依頼されました。

 まず、この映像を一度拝見して素朴に思ったことがあります。スパンティーク隊の成功要因は何だったのか、という疑問です。

 1992年、カラコルム・ヒマラヤの遠征を組んだ日本隊は7隊。雪の多いその年にスパンティーク隊を除く6隊は敗退を余儀なくされています。つまり、スパンティーク隊だけが成功し、しかも、16人全員登頂という快挙だったのです。

 この映像記録の1コマ1コマがその成功要因を解き明かす鍵となっているように思います。私にはその要因が3つあるように思います。

(1)一貫した明確な目標
 最初から「全員登頂」を目指していたということです。「全員登頂でなければ意味がない」と広島隊長は語り、悪天でC2に閉じ込められ、全体の計画変更を余儀なくされても隊員一部だけの登頂は目指さず、あくまで全員登頂を目指しました。

(2)チームワーク
 明確な目標のもとに、チーム一丸となっています。パキスタンというお国柄で、予定の物資が購入できなかったり、ポーターたちのストライキは当たり前という中、隊員全員がくさらずにこつこつと努力しています。

(3)モラルの高さ
 単に登頂をして帰ってくればよいというものではなく、当時ではまだ珍しかったテイクイン・テイクアウトの実行。つまり、すべてのごみを持ち帰りました。また、広島隊長の「クライマーは社会の一員であるが故にクライマーが行う登山という行為は文化であり、その登山の経緯や結果は社会に還元しなければならない。」という考え方で、写真展、映写会、テレビ放映、出版など多彩な活動を繰り広げています。

 この素晴らしい映像記録を皆さんにぜひともご覧いただきたいと思います。皆さんなら、その成功要因は何だとお考えでしょうか。

 オープニング映像はこちらでご覧ください。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/spantik.php

 この作品をご希望の方は清水様(chogolisa@jcom.home.ne.jp)までお問い合わせください。

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紅葉の錫杖岳前衛フェース

● メールマガジン No.40(2006.12.1)

作品名「紅葉の錫杖岳前衛フェース」
制作 Original CV
作品時間 46分

 気付いてみると、このコーナーでは3回連続してロッククライミング作品の紹介となってしまった。別に他の作品を制作していないということではないのだが、作品のオリジナル性と質の高さを考えると、こうなってしまったと言うしかない。
 逆説的に言うと、今年は素晴らしいロッククライミング作品を量産していると言える。天候に恵まれないときはさっぱりなので、そういう意味では、今年は当たり年だ。撮れるときに撮る。これは山の作品では鉄則である。

 さて、佐藤ご夫妻から紅葉の錫杖岳に行かないかと誘われたのはちょうどギリシャから帰ってきたときであった。ギリシャのカリムノス島で見たエーゲ海のコバルトブルー、真っ白なスタジオ(建物)が頭にこびりついているときだ。
 果たして、ギリシャ・ボケの頭で、日本の岩場を楽しむことができるだろうか。

 錫杖岳は北アルプスの笠ヶ岳の南に位置している岩山である。山歩きの対象ではないので、ロッククライマー以外の人には無名の山かもしれない。しかし、アプローチが2時間ほどで岩に取り付けるので、北アルプスの山々の中では最も岩登りに便利な山である。

 錫杖沢に入ると素晴らしい紅葉だ。日本が誇る四季の美しさはここにもあった。それは決してギリシャに引けをとるものではない。美しいものは美しい。岩に取り付いてみると、固くてすっきりとしている。快適なクライミングだ。霧が晴れると焼岳、西穂高岳、奥穂高岳が眼前に浮かぶ。

 来てよかった。心底そう思った。日本の美しさをぜひとも世界に紹介したいものだ。

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 オープニングの映像はこちら。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/syakujodake.php

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Homer sometimes ... - Climbing in Kalymnos -

● メールマガジン No.39(2006.11.1)

作品名「Homer sometimes ... - Climbing in Kalymnos -」
制作 Original CV
作品時間 59分

 エーゲ海に浮かぶカリムノス島でクライミングが出来ると聞いたのは、3−4年前。カリムノス島は2000年頃から島興しとして、スポーツクライミングのルート作りに力を入れてきた。
 そして、近年、ドイツや英国からたくさんのクライマーが訪れ、新しいクライミングエリアとして脚光を浴びるに至っている。

 しかしながら、日本での認知度は極めて低い。人のあまり行かないところが好きな私は、昨年も訪れたという武中ご夫妻と共に、このカリムノス島へ出かけた。

 まず、コバルトブルーの海、そして、白い家並み。ギリシャの国旗そのものなのである。岩質は石灰岩。スラブもフェースもハングも、そして、ルーフもある。初心者であろうが、エキスパートであろうが関係なく、皆がクライミングを楽しめるところだ。

 そして、このクライミングルート名はホメロスのイリアスやオデュッセイアの中から取られているのである。そこには紀元前1200年前のトロイ戦争を彷彿とさせる歴史ロマンがある。

 美しい景色、クライミング、歴史と文化、美味しい食事とお酒。これらをすべてミックスしているのがカリムノス島の特長なのである。このビデオはその楽しさの一端をお伝えするに過ぎない。

 次回はぜひあなたも足をお運びください。

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 オープニングの映像はこちら。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/freeclimbing/homersometimes.php

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剱岳・チンネ左稜線

● メールマガジン No.38(2006.9.1)

作品名「剱岳・チンネ左稜線」
制作 Original CV
作品時間 34分

 日本を代表する美しいクラシックルートを撮影しようと思い立ったのは、数年前。ある程度の登攀技術を持ったクライマーしか見ることのできない世界を、少しでも多くの方々に知っていただきたいと思ったからだ。また、これから挑戦しようと考えている方々にも、そのルート調査の参考にしていただけるならありがたい。
 また、これは英語版でも紹介しているので、世界中の方々に日本の山の美しさを知っていただければこんなに幸せなことはない。
 とはいうもののコツコツと撮り始めてはいるが、まだまだ、緒に就いたばかりだ。

 今回は、剱岳・チンネ左稜線の紹介である。
 チンネ左稜線は剱岳を代表するルートである。両側が切れ立った峻峰の連続であるにもかかわらずグレード的にはやさしいので剱岳の入門ルートでもある。つまり、超人気ルートなのだ。よって、お盆などのシーズンになると数珠繋ぎの渋滞になることを覚悟せねばならない。
 三の窓から雪渓を下って、チンネ左稜線の取り付きに着く。最初の短めの5ピッチを終えると稜線に出る。見晴らしは最高。それからひたすらこの稜線を登っていくのであるが、両側が切れ立っていて四つん這いで通りたくなるようなところもある。
 少しハング気味の核心を越える。そして、痩せ尾根の峻峰をいくつか越え、チンネの頭に出て終了。私たちはここで日没を迎えた。
 峻峰の間に雲海が広がり、沈み行く太陽を眺めると、この雄大な自然の中に自分が生きていることを感じた。そして、日々愚痴を言って生活している自分の愚かさもまた感じずにはいられなかった。

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 オープニングの映像はこちら。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/zinne-saryousen.php

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陽春の北鎌

● メールマガジン No.35(2006.6.1)

作品名「陽春の北鎌」
制作 Original CV
作品時間 33分

 今回、山行を企画された高橋さんが会社の同僚に「ゴールデン・ウィークに北鎌へ行くんだ」と話をされたところ、同僚の方は「ああ、いいところだよね。でも混むんじゃない鎌倉は。」と言われたそうです。高橋さんは同僚に話をしなければよかったなあ、と苦笑されていました。
 
 山登りに詳しくない方々にとっては、「北鎌」と言ったら円覚寺、東慶寺のある北鎌倉を想像されるかもしれませんが、山屋にとって「北鎌」と言ったら北アルプス槍ヶ岳北鎌尾根なのです。

 この槍ヶ岳北鎌尾根を有名にしたのは、ここで遭難した加藤文太郎でした。この人物を描いた新田次郎著作「孤高の人」を読んだ方は非常に多いと思います。

 実は私もその一人です。昭和初期の登山家としての生き方に感銘してしまいました。私は随分と昔、加藤文太郎がトレーニングしたとされるイベント、須磨浦公園から宝塚まで走破する「六甲全山縦走タイムトライアル」に参加したぐらいですから。

 さて、その加藤文太郎が目指した北鎌とはどんなところか。私は映像屋としてまだ誰も撮っていないだろう北鎌を撮りたかったので、高橋さんから声をかけられたとき、二つ返事で行くことをOKしました。

 そして、次の映像を収録しました。(山行記録も載っています。)
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/kitakama.php

 これからも、まだビデオカメラの入っていない美しい山岳ルート、そして、アルピニストの世界を撮っていきたいと思っています。乞うご期待。

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チベットヒマラヤ カルション峰(6,674m) 登山記録

● メールマガジン No.30(2006.1.1)

作品名「チベットヒマラヤ カルション峰(6,674m) 登山記録」
撮影 KAC90 カルション登山隊
作品時間 38分

 慶応義塾体育会山岳部の創立90周年を記念して企画された登山である。

 第1次、第2次偵察隊と2度にわたり、ラサの南方から南西方面を入念に調査した結果、この未踏峰であるカルション峰(6,674m)が選ばれた。

 今回参加している隊員の平均年齢は66歳余り、最高齢73歳。山にかける意気込みに年齢の大小はない。「Youth is not a time of life. It is a state of mind.」とサミュエル・ウルマンの声が聞こえてきそうだ。

 9月13日にベースキャンプを設営し、C1(5,500m)、C2(5,800m)、C3(6,150m)と登・下降を繰り返しながら、頂上へのアタック準備を整えた。ところが、21日から天気が激変。3日間降雪が続き、C3という高所での
長期滞在は体力の消耗が激しいと判断し、一旦、C1まで下降した。
 予備日数から考慮して、アタックを1隊に絞り再度挑戦。2005年9月28日11時30分(日本時間9月28日12時30分)、ついに、河西副隊長と新谷隊員が地元の高所協力員の援助を得て頂上を踏みしめた。

 C3付近(約6000m)で撮影した映像には迫力がある。空気が希薄なため、隊員の激しい呼吸音がマイクに入る。稜線付近のスパッと切り立った氷壁に唯一、スノーブリッジがかかっている。そのブリッジを登っていく。

 映像が捉えた真実の未知なる世界に引きずり込まれずにはいられない。

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オープニング映像はこちら
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/kaluxung.php

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FORTUNE CLIMBING CLUB

● メールマガジン No.23(2005.6.1)

作品名「FORTUNE CLIMBING CLUB」
撮影 Original CV  制作 福山京子さん
作品時間 3分

 クライミングジム「ビッグロック」ではおなじみの福山京子さんがキッズ、ジュニア向けにクライミングスクール「フォーチューン・クライミング・クラブ」を開催しています。
 今回はその作品を紹介します。まずは論より証拠で、子供たちがのびのびと楽しんでいる模様をご覧ください。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/freeclimbing/fortuneclimbingclub.php

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 以下はフォーチューン・クライミング・スクールのパンフレットより抜粋。

「フリークライミングは、体を動かすこと、頭を使うこと、冒険をすること。いろいろな楽しさがあります。おとなも子どももその楽しさは一緒だと思う。
 自分の目標にむかって前向きに前進してみる気持ち、自分で決めて行動し、その結果を受け容れることのできるこころ。それらがあれば、だれでも共に楽しむことができます。
 さあ、家族で、友達どうしでトライしてみましょう!」

 お問い合わせ先はフォーチューン・クライミング・クラブ 
(E-mail:kyoko-f@muse.ocn.ne.jp)まで。

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7人の高校生と越えたカランバール峠(4,343m)

●メールマガジンNO.20(2005.3.1)

作品名 「7人の高校生と越えたカランバール峠(4,343m)」
編集 Original CV  制作・著作 神奈川ヒマラヤンクラブ
作品時間 78分

 人にはどうしても残しておかなければいけないものがある。

 時間は一様に流れているように見えて、実は濃淡がある。私たちの記憶に残っている大切な想い出は濃い時間のとき、そして、忘れ去ってしまっているものは淡い時間のときだ。

 1995年、7人の高校生を含んだ神奈川ヒマラヤンクラブ19名の隊員は第3次のパミール踏査に出かけていった。
 代表である故広島氏はこの踏査の目的を大きくふたつ語っていた。ひとつはギルギットからイシュコマーンを経てカランバール峠に達する探検の空白地帯を埋めること。そして、もうひとつは16歳から65歳まで参加した隊員たちの生涯スポーツ、生涯学習の材料とすること。
 氏は今より10年前にこれから迎える長寿社会(高齢化社会)に向けて、その生涯学習の場として、この踏査を意味づけていたのである。

 ギルギットからイシュコマーンへ向かう道は土砂崩れにより漸くジープが通れるような悪路。ジープを捨て、ポーターを雇ってから本格的な山旅が始まった。氷河から溶けて流れてくる冷たい川を腰から胸までつかりながら何度も渡渉を繰り返す。クレバスをもつ大きな氷河を高巻き、或いは、越えて、とうとう最高点のカランバール峠4,343mに達した。

 最初は人見知りしていたポーターたちとも徐々に慣れ、輪を作ってコミュニケートし始めた。途中、病人が発生するトラブルが起きるが、隊員やポーターたちは一致協力して難局を切り抜けた。

 最後にポーターたちと別れるとき、隊員、ポーターそれぞれがひとりひとり両頬を合わせて抱き合い、この山旅の感謝の気持ちをお互いに伝えた。ポーターたちの姿が見えなくなるまで見送る隊員たちの姿に、この踏査の目的が十分に達成されたことが投影されていた。

 故広島氏が残してくれた大切なものを忘れないためにも、10年たった今、この踏査のビデオテープは編集されたのである。

 DVDを購入ご希望の方は、神奈川ヒマラヤンクラブ(尾上弘司 様宛spantik@nifty.com fax:0465-81-1089)までご連絡ください。

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オープニングの映像はこちら
http://www.originalcv.com/climbing/pages/trekking/karanbar.php

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有攀無類

●メールマガジンNO.18(2005.1.1)

作品名「有攀無類」
制作・著作 Original CV
作品時間 27分

 論語の中に「有教無類」という言葉がある。教え有りて類無し。老若男女、富裕貧乏に関わらず教えが有る、という意味だ。ここから「教」の一字を「攀」に変えて、ビデオ作品名とした。

 昨今のクライミング人気は根強いものがある。若い人からお年寄り、男女の差なくクライミングを始める人が増えている。クライミングはもちろん岩壁を登るというスポーツであるが、強力な腕や指をもっているからといって簡単に登れるものではない。クライミングにおいて最も重要なものはバランスなのだ。

 人間が二足歩行を始めて重力に抗うものが二本の足だけとなって以来、両手と両足の健全なバランスというものに長い間目を向けてこなかった。しかし、クライミングは再び両手と両足のバランスの大切さ、面白さを教えてくれる(別に四つん這いで歩けとは言っていない)。そのことに気付いた人達がクライミングの虜となっている。

 この作品に登場する人物は私よりも年配の方たちばかりだ(と思う)。定年を迎えてから本格的にクライミングを始めた人もいる。しかし、その情熱は若い人たちに一歩も引けを取るものではない。そして、バランスがキーポイントだとわかってからの上達はすさまじいものがある。

 「あきらめる」という安易な結論に向かず、「挑戦しつづける」という気持ちがある限り「人間には不可能はない」ということをつくづく感じさせられるのである。

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 オープニングの映像はこちら
http://www.originalcv.com/climbing/pages/freeclimbing/yuhanmurui.php

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パミールの3つの峠

●メールマガジンNO.14(2004.9.1)

作品名「パミールの3つの峠」
編集 Original CV
制作・著作 神奈川ヒマラヤンクラブ
作品時間 76分 (テープ録画時間 360分)

 神奈川ヒマラヤンクラブのメンバーの方からこのビデオテープをお預かりし最初に拝見したときに何かジーンと熱くなるものがあった。

 このビデオテープは10年前の1994年にパキスタン北部にあるパミールの3つの峠を撮影したものである。撮影した方は隊員のお一人で、プロのカメラクルーではない。当時の8mmのビデオカメラの技術の限界と、カメラワークの拙さがあるにはある。しかし、そういうテクニックだけの世界ではない、何かもっと大きなものを伝えたいという想いが映像からひしひしと伝わってくるのである。

 広大な草原で夏村となっているボロゴル峠(3,804m)、切り立ったU字谷の中に美しい湖をもつカランバール峠(4,343m)、ズィンディハーラム氷河を歩いて越えるダルコット峠(4,575m)。すべてはパミールならではの光景であろう。
 しかしながら、この地を踏んだ外国人は非常に少ない。よって、この映像は現在にいたってもその価値をまったく失っていないのである。

 また、ここには世界を変えた歴史がある。
 8世紀に、東の文化圏である唐と西の文化圏であるイスラム帝国がこの地で衝突した。唐の高仙芝将軍は1万の兵士とともに、ダルコット峠越えの壮挙を果たし、一時、パミールを制圧したが、タラスの戦いで敗れた。このとき、唐の技術者が捕らえられ、初めて製紙法が西側文化圏へと伝えられたのである。
 そして、製紙法は10世紀にカイロへ、12−13世紀に神聖ローマ帝国に伝わった。15世紀にグーテンベルクが活版印刷術を発明すると、16世紀にはルターがこの活版印刷で聖書やビラを頒布し、宗教改革を起こした。同時に、識字率があがり、ヨーロッパの文化レベルは一気に高まった。このエネルギーが16−17世紀の大航海時代へとつながり、そして、18世紀の産業革命でヨーロッパの優位は揺らぎないものとなるのである。

 紙という知識を表わす源泉が、このパミールを越えて西側文化圏へ移っていったという事実。ダルコット峠を越えていかねばならなかった兵士達がこの歴史を知ったとすればどのように感じるであろうか。

 人里から遠く離れ、厳しくも美しい自然の中にあるパミールにも、歴史は押し寄せていたのである。隊員達は時空を越えてパミールを肌で感じ、そして、その事実を私達に伝えようとしている。

 その姿に心が熱くならざるを得ないのである。

 このDVDを購入ご希望の方は、神奈川ヒマラヤンクラブ(尾上弘司様spantik@nifty.com fax:0465-81-1089)までご連絡ください。

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エンディングの映像はこちら
http://www.originalcv.com/climbing/pages/trekking/threecols.php

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奥多摩 峰谷川・坊主谷

●メールマガジンNO.13(2004.8.1)

作品名「奥多摩 峰谷川・坊主谷」
撮影・編集 Original CV
作品時間 20分

 「やっぱり、夏は沢登りと生ビールですね!」 これは参加者の感想です。

 さて、皆さんは沢登りというものをご存知でしょうか。
 沢登りは日本独特の山登りスタイルです。日本は温帯モンスーン地域に属しており四季ははっきりとしています。また、周りを海に囲まれた島国ですので、雨が多く森林はしっかりと育ちます。そして、島国でありながら3000m級の山々を持ち、川筋は急峻です。この組み合わせが世界で最も美しい沢を日本にもたらせているのです。
 また、夏といっても沢の水は冷たく、猛暑の続く都会に比べてそこは別天地。日本の美しさを楽しみながら避暑ができる遊びです。日本にいてこれを知らないのは、本当にもったいないとしか言いようがありません。

 ぜひとも、沢登りを体験していただきたいのですが、注意事項があります。
 沢登りは山の技術の総合力を問われます。登攀技術、難しいルートファインディング、天候の変化による判断力。よって、初めて沢登りに行く場合は、必ず熟練者に同行するようにしましょう。

 それでは、7月25日に撮ったばかりの最新の映像をお楽しみください。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/bozudani.php

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クライミングの真髄

●メールマガジンN0.12(2004.7.1)

作品名「クライミングの真髄」
撮影 神奈川県 男性、Original CV
作品時間 5分 (テープ録画時間 51分)

 タイトルだけを見ると、クライミングのノウハウビデオだと思うだろう。どっこい、この作品は結婚披露宴で公開されるのである。
 昨今、結婚披露宴での生い立ちビデオや友人からのビデオレターは定番のようになってきた。そこでそれに満足せず、一工夫も二工夫もしたいという発起人達は新しい可能性を模索することになった。
 
 まず、意表をついて、発起人の紹介でこの作品はスタートする。発起人の紹介といっても、半身でこちらを向いてピースしているような映像ではない。発起人達はすべてクライマーなので、みずからが国内外で撮った飛びっきりド派手なクライミングシーンで、クライミングの迫力、楽しさ、面白さを演出する。
 次に、「クライミングの真髄」とタイトルが出て、新郎新婦の登場だ。解説文は「クライミングは二人の共同作業である。」とくる。そして、クライミングとはどのようなスポーツなのかを新郎新婦の映像と共に説明する。
 「二人で時間を使う幸せ、二人で空間を創る喜び」と続き、最後は「クライミングは二人の人生の縮図である」とくる。
 そして、新郎新婦それぞれのクライミングシーンで結んだ。

 クライミングを知らない方にどの程度ご理解いただけるかは難しいところであるが、映像のインパクトとしては大きい。何より新郎新婦に喜んでいただけるのではないかと思う。
 実際の披露宴でご覧になられる方々の反応が楽しみである。

<お客様のご感想>
制作・著作者 ・・・今日**くんと**さんの挙式に行ってまいりました。クライミングの真髄は**さんのプレゼンもあり、参加者に大変好評でした。見る人が思わず拍手をしてしまうほどでしたから。
 クライミングを始めるかたもきっといらっしゃるものと確信しました。スエさんの実力のほどを思い知った一日でした。ありがとうございました。

新郎 ・・・すばらしくかっこよく編集していただいて、感謝感激です。わたくしや新婦がそれっぽく見えてしまうのは、まったくsueさんの腕のおかげです。その他企画のみなさま、ほんとうありがとうございます。
 きっとこのビデオで披露宴出席者の何人かがクライミングに引き込まれるでしょう!!!

新婦 ・・・素敵なプレゼントをありがとうございました。sueさんの作ってくださったDVD、すばらしい仕上がりに感動しました。 **さんのスピーチでさらに命が吹き込まれ、列席者の皆様にクライミングの素晴らしさ面白さを映像として分かりやすく伝えて頂けたと思っておリます。皆様方の温かいお心遣いに大変感謝しています。

<メイン>

A SESSION IN BIG ROCK

●メールマガジンN0.9(2004.4.1)

作品名「A SESSION IN BIG ROCK」
撮影 Original CV    制作 ビッグロック様
作品時間 30分 (テープ録画時間 90分)
 
 カナダから3人のトップクライマーを、そして、ビッグロックからもトップクライマーをゲストとして迎え、ボルダリングセッションが行われた。
 ジムにお越しくださった皆さんには、トップクライマーのパフォーマンスをご覧になった後、彼らがセッティングした課題を一緒になってトライし楽しんでいただこうという趣向だ。
 世界でもトップクラスの小山田大さん、アメリカで行われたPCAですばらしい成績を残した茂垣敬太さんをはじめ、トップクライマーの華麗なパフォーマンスは息を呑むばかりだった。
 また、次から次へとトライを繰り返す参加者の皆さんの熱気でジムの中のボルテージは最高に上がった。

 みんなで和気あいあいとできるボルダリングは面白い!

 これが今回の撮影で感じた第一印象だ。まだ、やったことがないというあなたもぜひトライしてみませんか。

クライミングジム ビッグロック様のホームページはこちら 
http://www.big-rock.jp/
この作品のオープニング紹介はこちら
http://www.originalcv.com/climbing/pages/freeclimbing/asessioninbigrock.php

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<<お客様のご感想>>

 やっとゆっくりビデオを見る時間がとれ拝見致しました。
 みんなの登っている顔がよく映っていていつも見ている感じとはまた違った面白さでした。
 あの日の盛り上がりが伝わってきて、楽しく見させていただきました。

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比叡山・鉾岳 (宮崎県)

●メールマガジンN0.4(2003.11.1)

作品名「比叡山・鉾岳 (宮崎県)」
撮影 OriginalCV
作品時間 25分 (テープ録画時間 120分)

 OriginalCVは山岳撮影、特に、フリークライミング、アルパインクライミング、沢登りの撮影は十八番である。
 今回は宮崎県の比叡山・鉾岳に出かけて撮影をしてきた。宮崎県は岩場の宝庫である。高千穂の辺りは深い渓谷と断崖絶壁の山々が延々と続く。
 まず、比叡山に行き槍のように立つニードルルートを登った。風は強かったが、深い渓谷を見下ろす頂上付近の高度感は最高だった。その夜は庵・鹿川で一晩お世話になった。この山奥で暖かく迎えていただいたご好意には、本当に感謝に耐えない。
 翌日は鉾岳に向かった。鉾岳は日本でも最大級の一枚岩がある。挑んだルートは「春は曙」。約240mにも及ぶ強烈なスラブだ。
 行けども行けどもスラブは続く。6ピッチ目辺りの高度感は最高。傾斜もひときわ厳しくなり核心を向かえた。最後の力を振り絞って登る。頂上からは、秋に染まりつつある懐の深い山々が目に染みた。

 この作品は次からご覧いただけます。
http://www.originalcv.com/climbing/pages/etc/hieizanhokodake.php

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カンチェンジュンガ

●メールマガジンN0.1(2003.8.1)

作品名「カンチェンジュンガ」 
撮影 京都府女性 
作品時間 31分 (テープ録画時間 142分)

 カンチェンジュンガはチョモランマ、K2に続き、世界第3位の高峰である。この高峰を見るにはネパールとブータンに挟まれたインド・シッキム地方へ入らねばならない。ところがこの地方は軍事的拠点となっており、ツーリストにはなかなか許可が降りない。その難関を潜り抜け、漸くこの地方へ入った。

 ここでは日本人のツーリストは珍しいということだったが、現地の方々の顔かたちは日本人によく似ている。ルーツは同じなのだろう。でも、貧しくてもその笑顔は素晴らしく、人間の豊かさの原点を見る思いだ。溢れる物資に人間の性格までも埋もれている日本人とは大きな違いだ。

 今回の山行の最高点ゴチャラ(4,940m)に到達。この地点からのカンチェンジュンガはまさに神の山。現地の方がカンチェンジュンガの意味をとうとうと語る。これほど素晴らしい容姿を見せるのも1年を通じても滅多にないであろう。

 この作品は肖像権等の権利許諾が降りれば、Original Climbing Videoサイトにアップする予定です。

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