作品名 「Climbing and Diving in Thailand」(後編)
制作 末次浩
時間 44分- 「この世ハ夢のごとくに候」 (足利尊氏が清水寺に奉納した願文の冒頭)
まるで夢のようだったタイ・プラナンの一週間は瞬く間に過ぎていきました。この旅に残された時間はあと3日。最終日はプーケットから飛行機に乗って帰りますので、実質残された時間はあと2日。この2日間をダイビングの拠点として有名なピーピー島で過ごすことにしました。
プーケットから多くの観光客を乗せた大型ボートがライレイビーチに立ち寄りました。私たちもここで乗船。一時間ほどでピーピー島に到着しました。乗船中、嫌な予感がしてたのです。
これだけ多くの観光客がいるということはこの観光客を泊めるだけの施設が必要になるということ。つまり、それだけ多くのバンガローやホテルはこれから到着する小さな島にあるのでしょうか。
大型ボートがピーピー島の桟橋に到着すると、私も含めて観光客は一斉に走り出しました。Aさんは桟橋で私たちの荷物の見張り。私がバンガローの予約という段取りです。
まずは正面の細い道の両側にバンガローが密集していますので、片っ端からバンガローの受付に飛び込んで行きました。
フル(満室)、フル、フル、フル、フル、・・・。ひとつも空いていません。
一旦、桟橋に戻って、Aさんに状況を説明すると、
「空いてなければ、このビーチで星でも見ながら寝ればいいよ。」
今度は右方面に向かい、バンガローの空き部屋を捜しに行きましたが、こちらもダメ。また、桟橋に戻って、最後に左方面へ向かいました。こちらはバンガローはあまり無く、民家が多くあるようなところでした。
ハ~ッ、空いているバンガローはひとつもないと落胆していたら、後ろから声がかかりました。
「あんた、部屋を捜してるんだろ。この部屋が空いてるから、ここで良ければ泊っていけばいい。」
民家のおじさんがこちらを見て、ニッコリと笑っているんです。
それにしても悟り人Aさんの「どうにかなるよ」という言葉通り、必死にもがいていればどうにかなってるんです。必死にもがかなければどうにもなりませんけど・・・。
その間、Aさんはビーチで何をしていたかというと、現地の女の子を掴まえてはツーショットで写真を撮ってたんです。もう・・・。
宿泊できる部屋が決まり、一安心したところで、二人して賑やかな通りにくり出したところ、バッタリと若い日本人女性Bさんに出会いました。多分、この時この瞬間、ピーピー島にいる日本人はこの三人だけだったと思います。Bさんはここでスクーバダイビングのインストラクターをやっているということでした。Bさんは久しぶりに使える日本語が嬉しかったのでしょう。三人の中で話しは盛り上がりました。
Bさん 「折角、美しいダイビング・スポットのあるこのピーピー島に来たんだったら、スクーバダイビングをしていけば・・・」
私 「スクーバダイビングしたことないんだけど。」
Aさん 「俺はPADIのオープンウォーターのライセンスを持ってるよ。」
Bさん 「それじゃ決まりね。Aさんはライセンスありで問題なし。末次さんは”体験ダイビング”をしていけばいいのよ。」
トントン拍子でことが決まり、小さなボートに乗って波の穏やかな入り江に入り、停泊しました。アクアラングなど一式の装備を付けて三人とも海に飛び込みました。もちろん、Bさんのコントロールの下で潜ります。AさんはBさんから10メートル以上は離れない。私は常にBさんと一緒に行動する。
ところで、ライセンスを取得している人のダイビングと”体験ダイビング”では何が違うかというと、潜るということに関してはまったく同じ。予め潜ることに対してどれだけ心の準備をして来たかということが違うのです。はっきり言えば、”体験ダイビング”とは心の準備をしていない人を強引に潜らせるということなんです。
Bさん 「ハイ、これがマスククリアね。わかる。ハイ、では潜って・・・。」
私 「・・・」
Bさんは私が装着しているアクアラングの首根っこのところをいきなり掴み、私を海底に引き込もうとしました。もちろん、潜ることが目的なのですから、その行為は当然のことなんですが・・・。
でも、数メートルも潜らないうちに、私は前頭部がガンガンに痛くなりました。耳抜きが出来てないんです。深く潜れば潜るほど痛みが増します。痛みに耐えられなくなって、Bさんに水面に上がりたいと伝えたいのですが、レギュレータのマウスピースを口に加えていますので話しが出来るわけではありません。身振りで上がりたいとポーズを作ろうとしますが、Bさんには伝わりません。
一方、Bさんはこの美しい海のサンゴやお魚を見せたいと一生懸命、私を深く潜らせようととします。彼女の小さな体でどうしてそんな強い力があるのかと思えるほど私の首根っこを掴んでグイグイと引き込んでいくのです。
こちらは手足をバタバタさせて、「サンゴや魚なんてどうでもいいから、水面に上がりたい。助けてくれ~」って叫んでるんですが・・・。
つまり、これは市中引き回しの刑ならぬ、海中引き回しの刑だったのです、私にとっては。
海から上がってボートに乗り込むと、Aさんはニタニタと笑ってました。私がこのようになると初めからわかっていたのかも・・・。クソーッ。 - メールマガジン No. 175 2018-03-01